ikisu

綺麗な女の人とか、あからさまに憂鬱を書いた歌とか、何か裏をちらつかせた創作物全般が
二人で寄り添って、笑って、手を繋いで歩いてる男女とか、一人で歩いてる女の人とか、道で再三死んでいるおじさんとか
高速四つ打ちとそれとなく和風なギターリフで流行り、流行りに乗っかる音楽とか、こと音楽に関してはものの言い方がそういう老害っぽくなりつつある自分とか
取り繕うだけの「質感」で嘘だらけになった写真群とそこに群がるモブキャラとか、その評価、
汚れた人とか、汚れたい人とか

 

嫌いなものや苦手なものがたくさん、増えたような気がする
綺麗でなくとも、傷ついたままの優しい何かを生み出したいとちょっとの努力はしているけれども、時々そういうインスタントな思慮深さにうんざりする
恋とか愛情とかっていう言葉が全部後付けでしかなくて、望んでいたものは最初っから別に存在しなかったり、楽しいことでもなかったりした
自分を認めてくれる、と感じられるのはいつも人のいない場所だ
人がこわい いつの間にか本当に人が怖い
最近嘘の混じったものが嫌いだと思うのだ。きっといろいろなことが嘘で飾られている、その中で自分だけは、という福音書的な祈りだけをちっちゃい創作物に懸けている

日記

いつか終わる安寧の中にいて、終わることに怯えながら楽しいことを楽しいと思えるように必死にやっている。躁躁鬱で進む生活だから、ただつらいの殻だけ残った心のあたりを不便に思っている。確かに穏やかであることを願ったが、そう長くは続かないこれのことを願った通りのものだと思えるだろうか。本当に最低だと思った冬の不安が染みついた音楽を流したり、初めて聴く音楽で頭の余裕をなくしてみたり、そうしていつのまにか最近まであったすごくつらい感覚が徐々に無くなっていたのに気づく。ある日は、それを忘れてしまうことを悪いことだと思わないようにと書き残した。また別の日に、忘れてしまったらまた同じ間違いを繰り返すんじゃないかって、そんなの認められないってことを書き残していた。そういう日記のなかでは、なるべく嘘のない言葉で苦しいことを苦しいと嘆き、忘却に対して下手な抵抗を試みていたことをずっと忘れないようにと願っている。

 

同級生の運転する車のなかでみた、道端の枯れ草。
ライトに照らされたもののすぐに暗闇の中に流れていってしまうのを眺めていた。
帰りの遅いバスの中で、点灯したとまりますボタンが初めて本当に綺麗だと思ったこと。
列車の巻きあげた雪の粉が、日の光を反射してきらきらしていたこと。
そういう些細なことまでも、しがない1日を無かったものにしないために記録している。
そういう日記を書いている。たまに忘れる日もあるけど、残すことが大事だと、残さないと後でどう悲しくなるか分からないからと、また心配に思うことが増えていく。

失効

 チェーン巻いたヤマトのトラックが物凄い音をたてて横を通り過ぎていく。その瞬間がすごく怖い。踏切でバーのそばに立って列車が通り過ぎる瞬間も同じ。大きい音に襲われて何も聞こえてない数秒間で、後ろから刺されそうな気がしてならない。でも身動きが取れなくって、振り向きもしない。その短い時間の間に、パニックに陥っている。小さい頃、大きい駅で新幹線が通過していくときいつも怖くて泣いていた。それは、今でも怖い。この間駅で、本気でビビってしまった。

 

 帰り道で気持ち悪くなった。街やバイト先でたまに遭遇するゴミクズみたいな人のことを思い出して、中には相当歳をとっているやつもいて、どうしてその歳まで生きてきてしまったんだ、どうして生きてこれたんだと言いたくなったりする。恥ずかしくないのか、息してて。すれ違う人間、人間みんなにこいつらみんな嫌だ逃げたいって思って足滑らせながら家に帰って、一人になれたと思ったらいつもの不安が戻ってきて気分が悪くなる。

 

 たまに日記を見返す。「意外と大丈夫だった」「だからこれからも大丈夫」なんて書いてる自分の精神状態をいまは全力で否定できる。どうしてこんなこと書けたんだ自分は。たぶん数日先の自分に自信持たせようと思ったんだろうけど、無理だよ、そんなの。いくら願っても逃げられない問題がいくつも待ってるのに、そんな気持ちになれないよ。いまの自分、不安と恐怖のなかにいる自分が一番間違いなく現実を見てる。そう思う。疑いようのない不安に首を絞められる。首を絞めたくなる。

フローラ

高校生や大学生になると、さすがに「大人」になったその人との性格の連続性なんかが出てくる。彼はあの性格がまさに彼であり、そのまま大人になっていくのだろう、っていう確信が徐々に生まれてくる。いま自分の周囲にいる大人たちの、若いころの姿を想像する。ちょうどいまの自分と同じくらいの時、どんな人だったんだろうかって。そして、その人のような種類の人がいま自分の近くにいるだろうかって。だいたいの場合居ないのだ。今の自分なら近寄りたくないような、苦手な人種が、大人になって自分といろんな関わりを持っている。だから、分かり合えなくても仕方ないなって思う。分かってもらえないのは別にいいけど、分かった気にならないで。そんなことを願っている。

 

冬は終わらない悪夢で、長い夜のように見える。冬の底で凍えて怯えているのが今現在だけれど、ここまでくるとようやく、2月や3月のことを少し想像できるようになる。まだ冷たい夜明けと、その先にある暖かい昼間を思い浮かべ、桜が咲くまで生きていたいと思う。今年はちゃんと予定をたてて、花見をしに行こう。そんなことを友達と話し合う。ファインダー越しの春を想像する。少し救われる気がする。暖かくなれば、冬の後遺症だって愛おしく思えるようになるかもしれない、だから今は、苦痛が終わるまでは、泣きながらでもいいから生きていようと思う。

 

苦痛の終わり。それを決心して、設定した。そうしないと駄目になってしまいそうだったから。「いつか終わる」確信を得なければ、明日さえ生き延びる自信が無かったから。その先にある恥や外聞も、いずれ後悔することであったとしても、それを確かな過去にして生きるしかないのだと思う。過去だけは変えられないなら、明日から先の未来が過去になって積みあがっているのを想像するしかない。

 

ここ最近、毎晩泣いている。もともと全然泣かないタイプの人間だったので、涙はいつも特別に悲しい印象がある。一日の終わりにそうすることがひとつだけの慰めになっている。

 

まとまらなかった。おわり。

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2017.04



肺呼吸

 「長い間、良くない夢を見ていました。すぐに切らしてしまう薬の様に、後先が頼りないほんの少しの楽しみで誤魔化しながらも、その恐怖や不安は積み上がっていったような気がします。生まれて来なければ良かった、なんて思ってはいません。生まれてから死ぬまで、打ち勝つべきものに負けず、真っ当に生きていけたなら、すべての生は決して間違いではないと信じています。それを生んだ両親にだって、もちろん間違いは無かった。きっとどこかで判断を間違ったのだと、たまに考えていたことです。もしたった一度きりの間違いの後に、すべての決断を正しく済ませていたなら、それでも幸せな道に残っていられたのでしょうか。一度道を間違えば、曲がり角の法則を正しく記憶していても、きっと辿り着けないというのが、自分自身にも当てはまるとしたら、こうなることはやっぱり決まっていたのかも、なんて思います。家庭も友人も、人間関係に間違いは見当たらなかった。誰のせいにしようという気も無いし、実際そんなことはあり得ないのだから、私はただ、悪い夢を見ていたんだと、別の場所で笑って見せることができると思います。そんな目覚めの安心感と同じものを確かに感じられるような気がしています。それも、すべてが終わった後の話です――」

 

―――

 そういう空想で目の前の現実を後回しにすることも許されない。許さないのは、自分。他のことを考える暇もなく、ひとつの不安に対峙しては打ちのめされている。「音楽を聴いていなければつらい」とよく宣うものの、実際呼吸を浅くしているのは外せないイヤホンなのではないかと疑い始めている。どんな音楽にも不安が染み込んでしまう。そして気持ち悪くなる。時計じかけのオレンジみたいに。生活の中にはいろんな強迫観念が散らばっている。ウォークマン、水道、戸締り、手洗い。日光にあたるといいとよく聞くので、なるべく外に出るようにしているが、こんなことに意味はなく、相変わらず不安は不安のままだと気づいてからは、引きこもっても外に出ても同じように息が出来なくなった。

 

 自死の遺族や交友関係にあった人々の言葉をスクロールさせながら、家族の泣き声を想像し自分まで泣いてしまう。ひとつの死は周囲に鬱や自殺願望を撒き散らすのだと、なんとなく知ってはいたけど再三はっきり突きつけられる。「あなたの命はあなただけのものではないんだよ」これが救いとなるか、突き落とす最後の一手となるか。人によるのだろうということにして、少しの怒りを落ち着ける。

 

 そろそろぶっ壊れてきている。良好だと勘違いしてい様々な関係は、ある一点でボロが出て以降、まったく信用できなくなってしまった。そのあとに取り繕うように見せられた笑顔もからかう言葉も、全部嘘なのだろうと分かってしまう。失敗を恐れるのは未来のためだ。この悪い記憶は、今は無くても、1週間後には新しい不安になって自分を苦しめるだろう。そんな記憶、記録を作ってしまった。何てことだ。

 

 冬に弱いのはきっと季節性のアレのせいだろうと、認めたところで何も変わらないから保留状態を続けている。そうして、日に日に頭が悪くなっていく。集中力も判断力も信じられないくらい駄目になってる。もう馬鹿になってしまった。ここから立ち直れるだろうか。無理だろうなと言う気がしてならない。最近は、睡眠と夢だけが救いだと思う。

身の程

お店を出てから、安心のための深呼吸もせずに自転車の方に歩いていった。小刻みに吐く息が白いことに感動したのはついこの間だったが、もう慣れてしまった。ここ数年、12月はかなり悪いことが起きて死にかけていたけれど、今年はまだマシだろうか。大変なことはあったけど。やるべきことをやった上での苦痛は、まだ自分を責めずに済む。今日(日付は次の日になっていた)もなんとか困難をクリアした。時間が経てば終わっていく問題だから、終わったあとの達成感なんて無いし、明後日くらいにはまた不安がひとりで頭を占めてしまうのを分かっていたけど、まあいいや、と思える。だいたい7時間くらい前、宴会の予約が積み上がった今日の予定表を見つめながら、「今日も大変そうだけど、終わってしまえば何てことないのにね」と店長。そうだと思う。終わってしまえば振り返ることも無く忘れてしまう。それは心に良いことだけれど反省も無いので、どうなのかなと思っている。短命な安心感をしっかり噛みしめながら、自転車を動かした。家とは反対方向の街では、月末に向けて飾りがつけられていた。人のいない道を、街路樹のイルミネーションと街灯が照らしていて綺麗だと思った。急いで帰る用事も無かったから、身体は自然とそちらに傾いた。――そういえばさっき、この道を全力で走っていたのだ。ウェイターの服装(すごく寒い)のままで、眼鏡を忘れていったお客さんが歩いていると思われる場所まで、疾走した。ほとんど勘で交差点を何度か曲がった先に、その人は居たので、無事忘れ物を渡してお別れした。酩酊の中でよろけながら、何度も「ありがとうねえ」と言っていた。こんなことで感謝されるなら楽なものだと思った。――街路樹の枝に巻きついたライトは正直しょぼいものだったけど、あらゆる不安から意識を逸らそうとしている自分はそれでも何か明るいことを、綺麗な事を考えなければと、光の中をずっと歩いていった。きっと大丈夫だ。

 

もうなんだかよく分からない。家に帰ったあとはずっと泣いていたように思う。誰も居ない部屋にただいまを言った後ベッドに突っ伏してそのまま。1時間くらい動かずにいた。こんなことをまた、ずっと繰り返すのなら、この冬だってやっぱりろくなものではないのかも。後になって思い返せば後悔するような、些細な楽しみも覚えてられない日常など、生きた甲斐もないだろう。不安も苦痛も受け入れましょうと、最悪死んだって構わないと、それはひどく悲観的なようで逆にずっと楽観的な考えだった。本当に身体の重い日は、きっと死ぬのも億劫だと思うだろう。それでも、調子に乗りながら突然突き落とされるような、そんな惨めな思いはしたくないから、これからも気持ちは低く沈んだままで。それでいいのだと毎晩確かめている。家族や周りの人のことを少し思い出して、自分の命を決めるのはもはや自分ではないのだと初めて知る。

時祷書

中学生なんてのはまだ幼い子どもだから、そこに先輩後輩なんていう扱いづらい権力を与えてしまったら、やっぱりその仕組みには失敗だってあるもので、自分はそういう場所にいたのだと思う。部活でスポーツをやっていたけど、上手ではなかったし、上手になろうともしていなかった。ただ全員が必ず何処かに所属しなければいけないらしかったので仕方なく、少しだけ経験のあったその運動部に入った。ほぼ毎日、放課後の3時間程度の練習は、ただ時間が過ぎるのを待っていた。遠くの壁にかかった古くて大きな時計を気にしながら、少しも針が進まないことにイラついていた。練習でも試合でも、メンバーの足を引っ張ってばかりだった。そうして、前に出れずに身の程を弁えようとすることだけに神経をすり減らして、帰ったら忘れるためにたいして面白くもないゲームに時間を使った。好かれるばずもなかった。試合に勝っても笑いはせず、負けても泣きはしなかった。3年の最後の試合でも。みんな泣いているのを不思議だと思いながら、それでもおかしいのは当たり前に自分だと分かっていたので、俯いて座るしかなかった。馬鹿にされたり、笑われたりしたことは少なかった。明らかに不必要な存在を見る目と、自分が自分に負う惨めさだけに縛られて、上手に振る舞えなかった。運動神経も、その競技に関わる判断力もしっかりしていた彼らの、その下に自分はいた。ただし彼らの人間性はゴミクズ以下だと正直に思っていたので、運動のできる人間は性格が悪いというか、自分とは合わないのだということを決めつけて、今でもそれを本気で信じている。

 

もう運動部には入らないと決めた。高校では人の少ない(少なかったが、自分の代で倍以上になった)文化系の部に入った。幸い興味を持てることがあったので、帰宅部でいいやと思ったことはなかった。その3年間は楽しかった。友人にも恵まれた。部活に関していえば、苦しいことなんて一つもなくて、忘れたくないことだけがそこらじゅうに散らかっている。

 

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中学のときのことなんて、いまの人格には関係ないと思っていた。いまの自分がこの自分になったのは、高校生のときだと思う。なんなら、「物心ついた」時期がそうだとでも言ってしまいたいくらい、それ以前のことは関係ないと思っていた。最近中学の頃のことをよく思い出す。バイトの環境に上手に馴染めなくて、誘ってくれた友人がだんだん友人ではなくなっていくような未来を見てしまう。いくら友達だといったって、新人だといったって、足手まといは本能的に嫌われるじゃないか。そんなこと分かってる。あの頃とまったく同じことをしている。ああそうか自分は、あの頃から成長していなかったんだと気づく。高校のときは上手に逃げられたけど、その代わり、欠陥は埋められないまま残っていたのだと知る。また明日も迷惑をかけ、不安と惨めさを積み上げ、時間がたつにつれて薄まるのを待って、数日後にまた同じことをやり直す。面接のとき、僕のことまともな人間だと思いましたよね、すみません、騙したつもりは無かったけど、きっと後悔してますよね。ごめんなさい、ごめんなさい。笑いごとじゃない。

 

―――――

 

終わりが見えなくなってくる。1か月先のことも想像できなくて、ただ明日に真っ黒なデカい壁が見えて、毎日ギリギリでやっている。この、答えのない感じ、冬なのかなあって思う。冬を好きでいたかったのに、毎年この時期になると必ず調子を崩してしまって、風邪をひいたり死にたくなったりするものだから、冬が怖くなってしまう。どうしようもなく苦しい時に、答えが無いのが正解だと割り切ってしまうことはできるんだけど、それって何も解決しないので、気休めにすらなっているかどうか怪しい。そうやって出られなくなった袋小路で、死ぬしかないなーと呟いてみて、背中に乗っかった重い何かが降りるような、そんな気持ち。そのあと、家族や音楽や写真のこと、要するに義務と趣味を思い出して、甘えちゃいけないなって、それを背負い直す。常に死を思いながら生きていくのだ、なんて決心してみたりする。実は冬の間だけこれで切り抜ければ、暖かくなれば少し楽になれるのを知ってる。だからそれまで、どうにか生き抜いていかなきゃならない。つらい、苦しい。そんなことを毎日やっている。