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4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

嫌い

もしも

この痛みが嘘だったら。

 

むしろそれに近い気がしている。

 

僕は本当に苦しいのか。

ただの被害妄想でしかないんじゃないかって気がしてきて、

それがとても苦しい。

 

でもこれは本当の苦しさだろうか。

 

堂々巡りを繰り返す。

 

もしもこの痛みが錯覚だとしたら、

僕が今まで書いて描いて伝えようとしてきたことも、

全部空っぽで、無意味だ。

 

自分が存在する意味を、生きる意味を確立したくて書いたのに、

これではすべて台無しだ。

 

これまで何度も、意識や思考や力の大部分を注いできたことが、

無意味だと悟ってしまったら、私はどうなるだろう。

 

答えは最初から分かっていて、今までそれを全力で避けてきたこと。

『周りの人間と同じになること』

 

自我に凹凸が無く、ただ時代とか偉い人間とかの手のひらで転がされて、いつのまにか死ぬ。

中身の無い笑顔を振り撒いているだけの、僕が大嫌いな人間。

 

嫌いな人に似たような人間には、なりたくないと、そう思って願って生きてきた。

だから、それは僕にとって限りなく残酷な仕打ちだ。

 

 

考え考え苦しむ人間は美しく、ある意味で魅力的だ。

考える事が僕の最重要課題。

 

自分もいつか綺麗な人間になりたいって。

それが一つの希望だったのに。

「自分は他とは少なからず違う人間なんだ」

本当はそうではないのに、そう思い込んで、内心では他人を見下してきたこと。

 

それ以外に形を保つ方法は見つからなかったけど、

それでも僕は最低の人間だ。

 

はじめから分かっている事だ。今更そんな事嘆いても。

 

こうして「自分は最低です」って言っていれば、

懺悔でもしたような気分になって、許しが与えられるとでも思ってるんだろう。

 

 

分からない。

自分が良くあるための手段を、僕は知らない。