4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

縛り消えず、心枯れず

-少し長いお話。よろしくどうぞ。-

 

 

学校帰り、7時を少し過ぎた頃。

細い道に沿って続く街灯を眺めていた。

人通りは多くなかった。

コートのポケットに両手を突っ込んで、オレンジ色の灯りを見つめる。

よく見るとそれらの街灯は、いつの間にか新しいものに換えられていた。

その中で、ただ一本だけ、以前と変わらない、少し汚い街灯が残されていた。

どうしてこれだけ取り換えられなかったんだろうか。

 

どうしようもなく、それは私みたいに見えた。

少し悲しくなった。

 

しばらく眺めた。

 

ごつん

 

鈍い音が聞こえたような気がした。

 

いたい

 

男の人が叫んでいる。

 

やめてくれ

 

はっきり聞こえる。

 

ライオンに襲われた、あるいは、何か大切なモノを今にも壊されようとしているかのような。

必死に何かを乞うような叫びだった。

 

でも、振り返った私が見たのは、そんなことよりもずっと、現実的で、いかにも受け入れやすい事実だった。

 

暗い路地裏、集団での暴行。

3人と1人。

 

「やめてくれ」

 

血まみれの顔が泣きながら叫ぶ。

蹴る者たちは、どこか楽しそうだ。

 

「頼む」

 

しかし彼らは耳を貸さない。

 

 

 

 

頭のおかしい人間はどこにでも居る。

一つの学校に一人、二人くらい、どうしても近寄れないような、誰もが生理的に受け付けないような、また、暴力が過ぎて、ヤンキーを通り越して、もはや誰とも接点を持てない人間とか。

そういう類の人間が、ほんの少しの偶然で、出会ってしまった。

その結果の、この惨状。

やりたい放題に殴って、蹴って、鉄パイプを振り下ろす。

いくら治安が良い街でも、こういう奴らはたまにいる。

よくあることだろう。

 

 

私にはどうしようもできない。

帰ろう。

そうして足を動かそうとした、その時。

 

 

汚らわしい笑顔で男の腹を蹴っていた内の一人が、私の事を見たような気がした。

 

ほんの一瞬だったかもしれない。

 

 

でも私はそれがとても、とても怖くて、街の中心部に向かって走り出した。

 

怖い

こわい

嫌だ

こっちに来るな

やめて

来ないで

いたい

 

 

 

しばらく走った。

私はいつのまにか、高層ビルに囲まれた駅前の広場に出ていた。

最初から彼らは追ってきていなかった。

 

深呼吸をして、近くのベンチに座った。

鼓動はまだ落ち着いていないが、頭はもう冷静でいるようだ。

 

 

さっきのは何だったんだろう。

何か、今まで感じたことが無い、とてつもない恐怖。

冷静でいないどころか、自分自身が其処に居なかったかのように、ほとんどの記憶が無い。

今ではただ不思議だ。

 

 

広場のそばの大通りを、救急車が通り過ぎていった。

大きなサイレンの音は、広場の視線をその一点に集約させた。

ベンチに二人並んで座っていたカップルや、仕事帰りのサラリーマン、馬鹿みたいに騒いでいた男子高校生の集団も、その一瞬だけ、救急車のほうを見た。

だが、その一瞬が終われば、彼らはまた、もとの時間を取り戻す。

 

あの救急車の中に、今にも死にそうな人が横たわっていたとしたら。

 

その身が感じる痛みと、他の誰かに怯えながら必死に苦痛に耐えている人間が居たとしたら?

 

もしもそれが私だったら?

 

例え一人が苦しくて死にそうでどうしようもならなくて悲しい時間を過ごしていたとしても、人々はそんなことは知らず、知っていたとしてもそれは上辺の理屈だけで、いつも通り変わらない時間を過ごす。

 

当たり前だ。

けれど、とても理不尽な気もする。

 

 

「私の気も知らないで」

「お前に何が分かる」

 

知るわけない。

分かるわけないのだ。

 

それは絶対に不可能で、80数年の一生涯をかけても、もしくは不老不死になったとしても、知ることは無い。

 

それが人間だ。

認識していた一つの事象が実は全く逆の事実であったかのように、人間とは理不尽なほど理に適っていないのだ。

 

どうすることもできない。

 

私が見た血まみれの人間の痛みだって、私は知らない。

男たちが何をあんなに楽しんでいたのかも、私は分からない。

 

どちらも同じことだ。

それでも。

 

 

それでも?

 

 

逆説は存在しない。

現時点で私が認める人間の全てだ。

理科とか数学みたいに、なんでも理論で解決できるわけもなく、人間はその不条理の下で生きている。

そこに文句を言っても仕方ないし、何も変わらないのだ。

 

 

この考えは自分をも苦しめるだろう。

妥協を許さなくなるだろう。

きっと辛いだろう。

 

でも代わりに、他の何かを、誰かを、許せるような気がする。

 

気がするだけかもしれないが、少なくとも私にはもう少し、人生がある。

何かに許されたんだ。

だったら。

誰かを許すために、命を動かすのも悪くないかもしれない。

 

どうだろう。

 

本当は、何もかも不安だ。

綺麗な言葉で締めくくるなんて、私には出来やしないけれど。

 

 

いいや。

 

帰ろう。

 

おなかが空いた。