4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

505号室

ちょっと長いです。

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触れたいと願っていた白い手は、ふらふらと闇に消えていく。

光を視ることが叶わない彼女は街路樹に縋った。

何かを呟こうとして口を開くが、声は出ない。

自動車でさえ騒ぎ立てるのを止めた、こんな真夜中の静けさの中では、ぽつり、と悲しみが漏れ出たことに気づく者は居ない。

 

誰よりも明るい彼女は、他では何よりも暗かった。

当然の如く押し寄せる笑い声に、必死にしがみついていた。

彼女はまた、誰にも知られることの無い、理想の世界を構想していた。

そこでは、何もかもが当たり前に許されるはずだったが、ほんの一瞬、彼女を駆り立てていた行き場の無い欲望を垣間見てからは、その空間でさえも、彼女を光から遠ざけて行った。

 

追いつめられた、と言うよりは、小さく真っ暗な部屋に一人閉じ込められたかのように、何も見えやしなかった。

手を伸ばしても触れるものは無く、耳に入るのは自分自身の小さな泣き声だけだった。

 

もうじき冬が来ることを知った。

空気が冷たいと、どうにも手の震えが止まらないし、憂鬱な事ばかり考えてしまうから、冬は嫌いだった。

昔、家族と雪で遊んでいたことも、そういうことがあったとしか記憶していない。

あの頃はきっと楽しかっただろう。

見るもの全てがキラキラしていて、良くないことなんて、怖いことなんて考えもしなかった。

怖かったのはそう、雷くらいだろう。

もうほとんど覚えていない。

 

そうだ、将来の自分のことだって、考えたことはほとんど無かっただろう。

でも、きっと真っ白だった。

真っ黒い煙が入り込む隙が無いくらい、眩しかった。

無邪気だ。それに罪は無い。絶対に。

その点は守られるべきだ。

そうしていても、いつか大人になった時、ぱっと、私の中を離れて行ってしまう。

 

昨日までも、今日も、明日からも、私は誰かの隣で笑うけれど、そこに綺麗な心なんて残ってはいない。

人を騙しながら、自分の身を守っていく。

当然だけれど、誰もがあまりに言葉にしたがらないものだから、真正面から認めようとすると、不甲斐なさを感じてしまう。

ある日の純粋な夢を踏み潰したことになる。

裏切ったのだ。昔の自分と、それぞれが託していた希望のようなものを。

「これが現実だ」なんて言えるもんか。

誰かが抱いた光を無意味にしてしまうことは、許されるものじゃない。

彼らだけじゃない。

少なくとも、何処にだって、私の傍にだって、前を向いて歩いて行ける人間はたくさん居る。

その人たちを、たった一言で無価値にしてしまうなんて。

 

最低だと、思った。

許して欲しいなんて、乞うことすら許されない。

囚人のよう?

人間の可能性が有限なら、恐らく囚人とさして変わらないだろう。

けれど、彼らは違う。

いくら妬んでも揺るがないのだ。

不公平だなんて、もう飽き飽きした。

これ以上、何を考えても変わりやしない。

ああ、最低だ。

誰も否定しようのない無価値が、普通の人間の中に紛れて存在してしまっている。

救いがたいなあ。

そう思った時、何度目か分からない諦めと共に、目を閉じた。

どうかこのまま、目が覚めませんように。