4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

かなしい

本当に悲しいことが何なのか分からなくて、それがとても悲しいはずなのに、涙は出ないし心拍数に変わりは無いし、やっぱりどこか間違ったような気がしてしまって、それも悲しいことのはずなのに何も―――――・・・

 

「足をつる」というのが何なのか、子供の頃はよく分からなかったみたいに、極端になれば、本当にそんなことがあるのかどうかすら疑ってしまえるくらい、自分一人では何も分からない。

 

泣きたい。

『泣いている自分が好きなんだろ』とはよく言うけど、

少なくとも自分がまともに狡い人間だって知りたいから、泣きたい。

そしたら少しは安心できるのに。

 

詰まる所、何を考えてもそのプロセスを無限ループしていて、一つのトラックを回り続けているだけのような気になるし、その外に出る方法も分からないから、居場所が無いように思う。

居場所が確実に有るなんて保証はどこにもない。

当たり前なのに、快適な世に生きてるとよく見落とす。

 

悲しみたい。

言ってよいことじゃないかも知れないけれど、不幸な立場に置かれたいと思っている人は、案外多いはずなんじゃないか。

何を言っても許されるから。

全てが尊重される。

自分勝手な事も許される。

だから、本当に悲しみ一色なんてあり得ないんじゃないかって思う。

近い人が死んだって泣けない。

やっぱりどこか、不幸な立場を喜んでしまえるのが社会に生きる人間なんじゃないのかな。

災害だけじゃなくて、他にも大変な思いをしている人がいるのは分かるから、とても言いにくいんだけど。

誰もが、自分の感じてる少しの悲しさを肥大化させて守りたいんじゃないかな。

自分が一番かわいいんだから。

 

人格が他から逸脱していることを証明するための、最も崇高な手段は自殺なんじゃないかと、思うわけ。

これ以上の不幸は無いような気がする。

幸せ者にはこれくらいしか分からないから。

 

―――――

今まで自分が無力だなんて思った事、あんまり無かったから。

実感して、少し落ち込んだ。

僕は陰に、真っ暗な場所に居る。

ウェイ系の人が台頭するイベントは僕に向いてない。

泣きたい。