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4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

なんとなくとすれちがう

死にかけの老人とか、どうして生きてるのか分からない汚い顔の人(他人の事言えない)とか、そういうごく普通の生活の中で人とすれ違うと、どうも生きているのが嫌になる。

みんな生きるのに必死だ。

選択肢が無いから。

頭が良いとか悪いとかじゃなくて、もっと別の、知ってる事全部。

馬鹿だなんて思わない。

馬鹿は僕だ。

 

ヘッドライトに真正面から照らされるのはほんと気分悪くなるから嫌いだ。

でも暗い道で人とすれ違うのも怖く感じる。

 

生きる価値が他人によってでしか確立できないのなら、僕はすぐにでも居なくなりたい。

自分が思う自分に価値が無いのに、僕の存在が他人にとって何かしら価値を持っているなら。

言われたくも無い言葉が、とても綺麗な扱いを受け重宝されるレア物になりつつある。

 

生まれることを決めたのは自分ではない、なら、死ぬことを僕は選べるだろうか。

どっちも同じ・・・?

 

何もかも自然ではない。

すべてちょっとずつ歪められていくから、何処かでそれを止めたいと思った。

最初から無理だということを誰も認めようとしない。

自分の生きることを無価値にされたくないと思うとか、過去の全てが否定されることを拒むなんて、崇高なことをしている訳が無い。

なんとなく。理由も無く。

全てがこれで通る。

 

シリアスがなんとなくとすれ違う瞬間に僕は死にたいと思う。