4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

いきしにごころ

その場でいくら嘆いていたって、何も変わらないのは分かっているだろうが。
それとも、元から変える気なんて無いんだろうか。
いつまでも不幸なポジションに居たいのか。

 

誰かが生きようが死のうが、遠く離れた自分には関係の無い話だ。
手を伸ばそうとしたって、話をしたって、何かが変わるなんて思えない。
お互いそれを分かっているのに。
いつまでも同じことを繰り返している。

 

馬鹿馬鹿しいとは思わない。
深刻な話だ。
笑っているわけじゃない。
ただ、本気なの?って聞きたくなってしまう。疑ってしまう。
いずれにせよ普通の能天気な人間からは離れた次元の話だ。

 

誰かが「死にたい」と呟いた、として。
それに対し「じゃあ死ねよ」と言うのはやさしさだろうか。
そうしたいならそうすればいい。
言いたくなるのはよく分かる。

 

死なないで、と言うのが、どれだけ馬鹿げているか、知っているからこそ、じゃあ何て言えばいいんだろう?って。
というか、
何か言えることなんてないんじゃないか?
最初からこれは、もうどうにもできない問題なんじゃないか、と考え始めた。

だとしても、文字は目に入ってくる。
視なきゃいい話だが。

 

毎晩のように、まるで悪夢にうなされているみたいに。
でも、それが夢で無いことが一番の絶望感だろう。
うるさいな、とは思わない。
でも、出来ることは何一つ無い。

 

もし他の誰かが優しくしてくれたとしても、そいつだって、何も変えられないよ。
最終的には自分だ。
だからもっと考えて、悩んで、その結果が死ぬことだったなら、僕は否定しない。
それがいいと思えたなら、それが一番でしょ。

 

頼むから、と。
頼みたいけど、直接は言わない。
関係の無い話だから。
あとは運。
とにかく悩んでほしい。
別に貴方の不幸を願っているわけじゃない。
誰かの幸福を願う意味も、不幸を願う意味も無い。
ただ、もっと頭を使わないと、先に進まない。
良い方向とは限らない、と言うだろう。
良い、というのは客観的な視方だ。
本人にとっては、思い至った結論、そうしたいと思った行動が、いつだって『正しい』ことだ。