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4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

デマゴーグ


多少こじつけ気味だったとしても、自分を正当化しないと生きるのが苦しい。
そういう時代?
嫌いな他人が自分を正当化しているのを目の前で見たら、たぶん腹が立つだろうが、そこでそれを気に食わない者として扱って、自慢気に正論で以て押し潰すのが好きな人間。
それは正しいことではないとは思うけれど、僕の判断も、それと同じように僕自身の正当化の上に成り立っているものだから、あまり信用できるものではない。
自分も、他人も。

 

自己の正当性を主張するために、自分中心の世界観の中で持論をひけらかすことは、誰でもよくやることで、
問題なのは、自らを棚に上げて他人の正当化を批判したり疑ったりするのが、当たり前のように行われ、しかもそれを誇らしげに語って他人を見下す人間がいることだ。
これは僕のことを言っているし、同じように僕以外の誰にでも当てはまる。
意識したところでどうにかなるもんじゃないな。

 

―――――

 

僕だけが知っていると思っていたことは、確かに僕だけが先に知っていたものだけど、人の教えによってそれがその場の全員に共有される。
「別に俺は先に知ってたし」なんて言葉に価値は無い。
初めて知った彼らは、ただそうなんだと知っただけだろう。
差異は価値であり、価値は差異である。
この時点で僕が持って使っていた言葉の価値はどんどん小さくなっていって、最後に消える。
僕の価値だ。
アイデンティティがぶっ壊されたということにもなる。
どうか嘘であってほしい。
今だけは、彼が最低な嘘吐きであることを願うばかり。