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4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

あーあーあ

言葉が出てこないけど何か書く。

 

忙しさから抜け出してから、下らないことにムキになっている。

家族相手にだって、僕がどうしてかキレて説教をして親が黙り込むような景色があった。

正論を言ったつもりだからそれで何も言えなくなったのか、或いはもう僕に関してはしばらく何も考えたくないような気持になってしまったか。

何を考えているんだろう

負けとか勝ちとか考えてたけど進展があるはずもない

眠りに落ちかけた時の止まらない妄想≒夢

許して。

 

 

 

自分の立場やキャラを探し求める必要があるような場所なら、最初から所属しないようにする。

いつまでも土俵に居ないし僕は考えを口に出さなかったから彼らは太刀打ちできない。

言葉を隠すことで得られる優位性、隠し事をする快感のようなもの

要は教室での立場は出来上がってしまっている。

小さい頃に「変な人」に憧れ、様々な人間の真似をしていたらいつの間にか何が自分の本来の顔だったのかを忘れて、戸惑いながら生活していたら「変な人だね」なんて言われてしまった。

馬鹿馬鹿しい。

今も僕もよく分からない。

 

キャラを作るため、或いはキャラ不明瞭なキャラを演出するため、加えてとりあえず面倒な事は面倒なので後にしようという思いから、例えばコミュニティを一つ断ってみるとか。

保身のために関わらないようにも見える。

 

頭の悪そうな界隈には手を出さない。

馬鹿に大事な物を奪われたり壊されたり迷惑が絶えなかったりするのはいつも遠目で観ている。テレビの奥に限った事では無い。

 

実際、彼らと関わる必要はあんまり無いってことは、1年と半分くらい生活してきてなんとなく理解した。

「死ぬ~~~~」とか言ってろよ

 

結局のところ生きるのは簡単だと思うようにした。

クソみたいな年寄りがたくさん生きている。

それだけで十分な証明。

あんな奴らでもその歳まで生きていけるんだから。

事務的な面ではきっと切羽詰まってもそれは命の問題じゃないんだろう。

 

こんなに辛いのは思考だからだ。

持っていたり持っていなかったり、得意だったり苦手だったり、或いは自然な衝動から想像が止まらなくなったり。

そう、あのゴミにはそういうのが無いんだ、と、偏見的な目を少し得た。

 

未だに信じられないのは彼らが何かを信じているということ。

つまり彼らも同様に大人を見て安心している。

 

社会や人間には選別が必要だ。

気に入らない者やつまらない者を見た時に、別種の人間だと自動的に思うようなプログラム、→のうみそ。

 

距離を置いていたい。

同類だと思われたくない。

でもそれを、僕を判断するのは他人の目だ。

信用ならないなあ。

 

― ― ― ― ―

たとえば障害者の問題で言うなら、障害者の存在とその他の人間で、お互いがお互いを理不尽に思っているのは事実だ。

生まれてきたもんはしょうがないし、親にだって心がある。

でも他人の迷惑にはなるし生理的に受け付けない人間だって居る。

障害者を受け入れない人間を受け入れず批判すること自体が寛容さに欠けるような気もするし、何も罪が無い(本人たちはそう思っているだろうし、多分そうだと思う)人がそうやって社会の隅に追いやられるのも道徳的ではない。

けれど、こんなこと。

「人間の屑がー」「そんなこと言うなんてひどーい」「受け入れましょー」

考えを持っている障害者に比べたらお前らまるで無意味だ早く居なくなってくれ。

 

そういう立場の人がたまにテレビ出て言いたい事言ったりするけど、筋違いなことだってきっと言いまくってるし、立場に甘んじてるよなーと思ってしまうこともある。

生まれ持ったもので考えてほしい。

僕等には言えないことを言ってほしい、と思ってしまう。

下らない上に頓珍漢なことを言わないでくれ。

簡単に変な風潮が作られてしまうから。

 

その類のニュースはとても苦手だ。

健常者は敵!みたいな言い方しないでよ。

生きているだけで悪者扱いされてしまったらそれこそ迫害は止まらない。

正当化できないのは、理不尽があるからだ。

こんな感じで、理不尽は大人の逃げ道だ。

 

理不尽は当たり前のような顔をして存在している。

理不尽が無いとでも思っているの?

答えは無いとか言いつつも他の意見を受け入れない人間が上の方にたくさんいるんだ。

答えは出なくても解決策ならどうにかできないのか。

考えるのを放棄しているだけじゃないか。

姿を伝えて、あとは知ーらないって訳か。

そんなんだから僕らは

 

― ― ― ― ―

あーもう、こんなのが人間だ。

やっぱり死にたい。