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4:00AM

”考えろ”なんて言わないから

そふとになる

不幸とは。
経済、身体的な問題なら割とはっきりしているだろうが、人間それのみでできてない。
例えばいじめの定義と同じように、本人がそう思えば成立するものか。

 

僕が言いたいことはいつだって心のことだ。
いつになったって実体を把握できそうにないよく分からんこれのことだ。
これは実に身勝手に塗り替えられるのだろう。
きっと芯には決まったものがあるだろうけれど、人は理屈でその上にいくらでもペンキを塗ることが出来る。薬や毒も塗れる。
人間の面倒で最も人間らしい部分。

 

不幸の扱いはとても簡単だ。
上と同じように、簡単に塗り替えられる。

 

何が本当か分からないね。
だから助けを呼ぶことができるし、間違った救済もちゃんと与えられるし、その口で騙ることもできる。
だからクソみたいなクズだって出てくる。
いるんだよ。

 

そろそろ怖いのだ。
嘘かもしれない、なんて考えは、長い間消えないでいる。
きっと核心があるからだと思う。

 

だから遠くに行こう。
”不幸”に酔う人たちなんて放っておいて、冷笑も無しに、穏やかにいきていたい。
できるだけそうしたい。

 

 

鬱系コンテンツが流行り過ぎている。
悲劇はどこにでも印刷されている。
多くの人が共感・同情・感情移入する。
そして不幸を望むようになる。
誰だって、そんなことはあっただろう。
僕もあった。
けれど今は、自分がよくわかる。

 

乗り越えた、なんて大層な、ものでは無いけど、少なくとも経験はした。
自然と消えていったけれど、大切な経験をした。言葉で残ってる。このときのためだよ。
だから僕は、不幸に囚われたくない。
その先を見ていたい。
悲しいで終わりたくない。

 

だから、悲しいことなんてきっと書かなかった。
小説ではね。
いつだって、ただ自分しかそこにいない、切羽詰まった人間模様を書いた。
でもそれは悲しいことじゃない。
経験した、その後の僕だ。
或いは、それ自体が一つの経験だったよ。

 

きっと悲劇はありふれてない。
そう思うことにした。
でないと、沼に落ちていってしまう。
インスタントな悲劇には目を向けたくない。
だから嫌いになる人もいる。
それはそれで、そういうことにしておいて。

 

僕は変わる。
今変わってる。
いつか変わったと言える。