守れなさそうな約束が目の前に積み上がっていくが、必死に目を逸らす。
逸らせない。
この間失敗したことを思い出して、改善策に手を尽くしたら、ずっと前の別の失敗と同じ道筋に立っていることに気づく。
正解はそこではない、が、どこかにある確証があるでもない。
「あなたは優しい人」
言われる度に、「心が弱いだけ。」と言っている。
いま都合よく振舞ったから、相手は満足しているだろう。
そして僕はいつまでも怯えっぱなしで、すべてが明らかになってしまう時を待つ。
そのとき、あの子は僕を恨まないでいられるだろうか?
答えは出ないまま、また一つ積み上げる。
「今度会おうね」
叶わないと知った時、もう近くにいないであろう僕のことをどう思うだろう。
結局は自分の身を守る事しか考えていなかったこと、それは二人ともいずれ気づくことになる。
きついことを言えないのは、良くない癖かも知れない。
目の前で崩れてしまうのを見たくない。
同じ悲しみを後回しにしてるわけじゃない。
きっとその先にある傷は今よりずっと深いに決まっているのに、これで一安心、みたいな顔をする。
救われそうだと思ったところで、またバランスが崩れ始める。
大事な積み木を一つ抜き取って、崩壊の始まりをつくったのはどっちだろうか。

 

返事が途絶えてから、「ごめん寝てた」に至るまでの空白に、僕の悪い癖と不信感がぎゅうぎゅうに詰め込まれていく。
嘘なんて簡単についてしまえる、というところから不安が始まるのは、自分がよく嘘をつくからだ。
少しの羞恥心さえ無かったことにしてしまえば、安い薬が手に入る。
それは少し体の仕組みが違うこと以外は、同じように赤い血で生きていて、そういう薄暗い寝室の欲望みたいなものに引っ張られて生きている身であって。
誰かの拙い愛情や心配をそれだけで無為にしてしまえるような、少なくとも僕にとってはそれ以上に怖いことなんて無いもの。
僕がその薬を買うことは簡単に許せるのに、他の誰かがそれをすることをすんなり受け入れられないでいる。
自分だけ許して欲しいなんて言っているわけじゃない。
ただ僕だけが許されていないような心持ちで、すれ違う人々にその点を指さされ笑われるような感じのするこの現状が、ただひたすら嫌になってきただけ。
2つの液晶画面を介した向こう側の事なんて、本当の事は何一つ伝わらないし、たぶんいくらでも偽れる、という可能性だけが僕の首を絞める。
実は自分を許していないのは自分だけで、たったそれだけが一番苦しい。

 

― ― ―
文明はその関心や必要性に迫られたとき、新しい語彙を生み出すらしい。
人が必要に迫られることで新しい要素を手にして成長できるなら、それで家具の名前とか、知らない花の名前とか、賭博のやり方とか、人の騙し方なんかを覚えるんだろう。

 

「信用する」なんて言葉はどうして生まれてきたんだろうか。
言葉は必要に迫られて現れるという。
それなら、その瞬間目の前にあったものは他でもない不信感じゃないのか?
不信感に対する自信のないカウンターが、初めて「信じようじゃないか」と言われた瞬間だったとするなら、不信感ってのはとても原始的なものなのかもしれない。
それなら、僕がやっているのは……。

 

― ― ―
なんだか最近頭が悪くなるばかりで、できればやりたくない、で生きてきたツケがようやく回ってきたような気がしていた。
知らない言葉と知らない場所に囲まれれば自然と変わるもんだと思っていたけど、逃げ回っていたことは意外とちゃんとした逃亡として成立していたらしい。
「でも、このままではいけない。」
このままでは行けない。
行くあては無い。
どこへも行かないでこのままでいるために……死ぬ瞬間まで自分が自分であったことを示すために、死を目の前に設置しようとする。
自分の首を絞めることだけを必死になって正当化しようとする。
それでも、「死にたいなあ」と泣きながらも、手首の傷跡が一生残ってしまうことを心配するような、そういう弱さはまだ残ってる。
深すぎる爪痕がまだちゃんと残っているのを確認して、たまに膿んでいくのを眺める度、少し安心してしまう。