名前のない季節

桜がみんな散ってしまって、ほとんど緑色に染まった頃。
まるでもう春が終わったような気持ちで、通り過ぎていったそれのことを忘れてしまいそう。
ちゃんと触れることも無く居なくなった、残ってる感触は少しの写真だけで思い起こしている。
いつも想像するのは、離れていくふたつの手。
いつの間にか仕方のない疑いが染み付いて、ただ怖がるばかりになってしまったことに気づいた。
どうせ終わってしまうし、裏切られるくらいなら始めることもやめてしまいたい。
何もかもを強引に始まりへ持っていく季節のちょっとした悪戯。
その残滓のなかを逆らえずに漂っていた。
ただ酔って言葉を投げて、あとからそのすべてが不安になり、次に会う日まで少しずつ薄れていく。
あのとき、どんな気持ちでいたのか分からない。
いまは怖いけど、あのときはそうじゃなかったのかな。
冷たい柵から手を離す想像も、もう遠い記憶の中にしか残っていないし、麻酔でも打たれたみたいに、ぼんやりした日々が重なる。
でもいつも笑ってくれる。
心配なんてしなくてよかったと教えてくれる。
きっとあの子は何も知らないだろうけど
それに応えられる日なんて来ない気がするから。
手を伸ばしてくれることを願いながら、いつもそれを退ける練習ばっかりしていた。
それは今も変わりないみたい。

 

ある種の人間、最もたちが悪くて、気の毒な人間は、

「ぼくを愛しちゃいけないけど、忠実であってくれ!」

と叫びます。

 

カミュ - 『転落』

 

せきとめられてる涙をどうにかして引っ張り出そうとしていた。
ひどく感傷的な言葉を心臓に刺して、いよいよ決壊させてしまいたくて。
そうしたら元の自分に戻れるかな、なんて思ってるから。
それとも戻るところなんてもう無いのかな、ここからは嫌でも前だけ見てなきゃいけないのかな。
棘だらけの腕で心臓を精一杯抱き締めて泣いていた冷たい夜とかを、できることなら取り戻したいのに。
変わらない自分に固執している。
「変わってしまったね」と言われることも、言わなきゃならないことも恐ろしくて。
どうせそうなら、一度目のお別れのあとは二度とお目にかかりたくない。
そうやってつながりは自ら切っていった。
それくらいしか理由は無いけど、会いたくない人、嫌いな人がどんどん増えていく。
その中で変わらないでいたいと願うのは幼稚かもしれないと思うけれど。
余裕が出来たら取り戻したいなって言ってるだけじゃぜったい駄目だよね。