あやめ

何か変わるかなと思って。


代償を払って、毎日「いい人」をやって、得たものは中途半端に貰って返して、体力というより明日のやる気を奪われていくだけ。
話を聞いてみればいつも訳の分からないことで気分を落としている面倒な人間が、顔を合わせてみればいつもと同じく少し笑っている。
「わたし、あなたを助けてあげられないね」なんてことをいつも言われている、言わせてしまっている。
無力感だけを相手に植え付けていて、助けてくれた人は捨てる人と上書きしていなくなる。
中途半端で、誰にも頼れないでいる。けれど、誰かひとりだけに頼ってしまったら、それに慣れてしまったら、その一点が崩れた時僕はどうなるのかな。
そうやって何人かに切り分けた自分を預けている。
心配が無いようにいつも話をしてくれる、で、根本的な解決はあり得ないってことを知っているのも僕だけだったりして。
今日も人が歩いているのを見ては、あいつも、こいつも駄目だ、みんな気持ち悪くて目も当てられない。
人を見下し過ぎたせいで、そんな猿みたいな人たちと、僕の大切な友達とかがいっしょにいる事実に耐えられなくなる。明らかに自分で決めたことに首を絞められている。
考えなきゃいいんだけれど、それが難しくて、気づけば忘れているのに、今の今まで大丈夫だったのだと気づく瞬間とまた怖いことを思い出す瞬間ってのは同じだから。
目を逸らしちゃいけないような気が、ずっとしている。それがまだ続けていかなきゃいけない代償だと思っている。
周りを眺めていると、等価交換なんて安寧には関係ないのかもしれない。だって彼らは何も失わずに調子に乗れるじゃないか。誰かを幸せにしてその代わり死んじゃうみたいな。そんなことを夢見てるのは昔も今も同じ。
自分だったら許してしまえるのに、同じことをしている他人を見て無性に腹が立ってくる。
自分もけっこう卑怯な人間だと気づきながら、どこかで許されるべきだなんて思ってる。
どうしてこれほど人に怯えるようになったんだろう。
相手がどんな馬鹿でも、救いようの無いゴミでも、簡単に僕を殺してしまえるような気がする。
そういう類の人間は今後もずっとそうなんだろう。
関わらなくて済みますように、と願って、実際そんなことはほとんど無いのに、相変わらず恐ろしくて安心できない。いつもそう。
救われているはずなのに次の瞬間を恐れてばかりいる。
きっと幸福も、受け皿として不十分だから、あったとしても気づかないんだろう、僕は。

 

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今日はすごく疲れたから、帰ったらすぐいつもの音楽を流し込んでそれに吸い取られるように涙を流したいと思って、でも帰ったらそんなこともう頭に無かった。
帰ったら泣こう、って考えると少し楽になる。
「火曜日はつらい」そういう経験を毎週詰んでいくことで、来週の月曜の午後を駄目にしてしまう。
その日はプリン買って帰った。ぜいたく。