フローラ

高校生や大学生になると、さすがに「大人」になったその人との性格の連続性なんかが出てくる。彼はあの性格がまさに彼であり、そのまま大人になっていくのだろう、っていう確信が徐々に生まれてくる。いま自分の周囲にいる大人たちの、若いころの姿を想像する。ちょうどいまの自分と同じくらいの時、どんな人だったんだろうかって。そして、その人のような種類の人がいま自分の近くにいるだろうかって。だいたいの場合居ないのだ。今の自分なら近寄りたくないような、苦手な人種が、大人になって自分といろんな関わりを持っている。だから、分かり合えなくても仕方ないなって思う。分かってもらえないのは別にいいけど、分かった気にならないで。そんなことを願っている。

 

冬は終わらない悪夢で、長い夜のように見える。冬の底で凍えて怯えているのが今現在だけれど、ここまでくるとようやく、2月や3月のことを少し想像できるようになる。まだ冷たい夜明けと、その先にある暖かい昼間を思い浮かべ、桜が咲くまで生きていたいと思う。今年はちゃんと予定をたてて、花見をしに行こう。そんなことを友達と話し合う。ファインダー越しの春を想像する。少し救われる気がする。暖かくなれば、冬の後遺症だって愛おしく思えるようになるかもしれない、だから今は、苦痛が終わるまでは、泣きながらでもいいから生きていようと思う。

 

苦痛の終わり。それを決心して、設定した。そうしないと駄目になってしまいそうだったから。「いつか終わる」確信を得なければ、明日さえ生き延びる自信が無かったから。その先にある恥や外聞も、いずれ後悔することであったとしても、それを確かな過去にして生きるしかないのだと思う。過去だけは変えられないなら、明日から先の未来が過去になって積みあがっているのを想像するしかない。

 

ここ最近、毎晩泣いている。もともと全然泣かないタイプの人間だったので、涙はいつも特別に悲しい印象がある。一日の終わりにそうすることがひとつだけの慰めになっている。

 

まとまらなかった。おわり。

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2017.04