over

ひとつのことをずうっと考え続けるなんてことは、久しぶりか、初めてだったと思う。
問題の相手のことなんて最後には関係なくなって、いつも通り自分一人の世界でわたしはわたしを殴ったり引っかいたり殺そうとしたり泣いたりして、そうしているうちに周りが本当に真っ暗になってしまって、いま自分の足が地面に床にくっついているのかどうかさえ怪しいと思い、気力も無くして倒れ込むように、その日はもう寝てしまった。
その日、をもう何度か繰り返して、ようやく落ち着いてきた、というか、そろそろ疲れてきてしまった。
現在や或いは最近の生活の中の一瞬で、過去の良い思い出をめちゃくちゃに汚してしまったような気持になることがあって、自分の考え方次第(これもそう)なのだと分かっているのにやっぱり心は歩くのを嫌がるようで、それを待つようにして道にへたりこんでいる。
人に見せない言葉が増えた。
自分は自分に対して間違いのないように気を付けてはいるけれど、誰の目にも入らない言葉(と心)は知らないうちに綺麗でなくなってしまうのかもしれないとふと思いついて、いまなんとなく思いつく言葉をカタカタと打ち込んでいる。

 

自分の内側で、誰の邪魔も支えも無いままで、強い負の感情(人間として持って当然の感情)を理屈でやり込めようとするのは、ずいぶん過酷で悲しくて孤独なんだと。
そんなこと普通ならできるわけない、と理解しつつも、それをすることだけが今できる生存の意思表示だということも承知せざるを得ない状況にいるからそうしている。
昼間の生活をしている中で、ふと思いついた名案に期待して、「悩み続けて答えを出すのは(それが形而上的な事柄なら尚更)楽しいことかも知れないなあ」なんて喜んでいた。
けれど、暗い世界の暗い部屋で独りぼっちになったときに、昼間のあれは、考慮すべき情報全体のうちほんの一部しか考えていなかったから楽になれていたんだということに気づく。
避けようの無い現実は間違いなく夜のほうにあって、やっぱり駄目なのかと落胆した。
だから昼間と今では精神状態がもうほとんど別人だ。
夜は誰も邪魔をしないし、誰も助けてくれない。
地に足がつかない宙づりの状態で、ひとりまた深みにはまって沈んでいく。
重力なのだから仕方ない、でも仕方ないで見過ごした未来はきっと真っ暗なままで、それに抗っていなきゃいけないのだと、義務感というよりはむしろサバイバルに近い。
そうしなきゃ死ぬ。
見慣れた文字にも今まで以上の悪態をついて、「冗談じゃない」と呟きながら今晩もきっと泣いている。
逃げ場、居場所、記憶、転落、人間……死にたい、寂しい、なんて言葉が血腥い光景といっしょに頭の中を飛び回って、そのうち昨日と同じように眠ってしまう。
『心からの』言葉でいつか救われたいと、想像もつかぬ未来を願っている。

 

私はよく知っているわ、その声を。

それはあなたの孤独の声よ、愛の声じゃないわ。

 

カミュ -『誤解』 マリヤ