ville

20:00
案外夜が進んでしまったような、僕がいてはいけないような、そんな雰囲気は既に漂い始めていた。
大きな街の歩き方を知らない。
出所の分からぬ大金の話をしながら歩く女。
笑い狂ったり、酔って自転車から落ちたあとしばらく動かない女。
同じ電車から降りた若い男が、大通りで人を誘っているのを見た。
僕は平静を装いながら歩いていたし、それを守り抜くのに必死だったと思う。

 

「あなたは堂々としていて」「こういうことに慣れてるのね」
そんな言葉をいつも疑ってばかりいる。
そちら側の人間になろうと思ったことは無いし、なれたとも思ってない。
お互いの悪い記憶を塗りつぶすように、あまり健全ではないやり方で貪り合った後で、そんなことを言う。
関係に名前をつけることをせずに、また自然と距離をつくっていく。
新しい生活はただ頭が混雑したのを片付けるのに必死で、人の事なんて離れても気にしなくなる。

 

うまくいってない訳じゃない。
けど、次の瞬間にはひどい失敗をしそうな予感だけがついて回る。
不安とか
苦痛が終わる地点が目に見えてないから、いつ終わるのか、もうすぐ楽になれるのか、定かではない。
定かではないとき、ひとは笑えなくなり、動けなくなり、最悪死んでしまう。
自分が動かない限り問題は解決しない、と分かっているから動ける。
やらなきゃいけないときはできる人間なのだと、気づけたことはいいんだけど。

 

けれど
だから?
ここから抜け出せない。
簡単な空想にさえ辿り着けない。
これが余裕が無いという状態なのかは知らないけれど、少なくとも頭は凝り固まってから随分経ってしまった。
受験の時期におかしくなってしまったのが、治らないでいるのか。
そもそも人はそうやって変わっていくものなのか。
あんまり救いが無いから、できることを少しやってみようと思う。
とにかく言葉を浮かべておくこと。
最近はそんな感じ。

 

こうした思い出をたどってゆきながら、ぼくは、すべてに地味なおなじ着物を着せてしまい、死は、古ぼけたトーンの背景の布のように見えてくる。

……

毎日のように、今日もまた世界はここに暮れていく。

 

カミュ - 『否定と肯定のあいだ』