雪吊り

 いつの間にか冬になっていた。学校の勉強やそれ以外の勉強を毎日こなしながら、あと不安に慄いて何もできず呆けている時間(これが無くならないのだ)を浪費しながら、気づけば余裕が少なくなっていた。いつもできる限りのことをやってようやく眠ろうとするときに、すっかり忘れていた、見逃していた課題のことに思い至る。やるべきことの量が自分の処理能力を越えている。「忙しい」って、こういうことを言うのね。この冬を乗り切れるだろうか。甚だ心配なところ。

 

 自分の部屋にいるとき、外界の何もかもが恐ろしく見えて、自分はこれからそのすべてを全部ミスって、惨めな思いをするんじゃないかという予感がする。もとは理屈と打算で招き入れた不安と憂鬱も、いまでは取り返しがつかない。この情態がいまの自分を形作っているけど、はたして、昔目指した自分はこんなものだっただろうか。

 

 この間、21度目の誕生日を迎えた。虚しさばかりが残る。

 

 とにかく今日と明日を生き延びること。いま目の前にある恐怖心をなだめて、やるべきことの方へ向かっていくこと。こうやってなんとか暮らしていても、否応なく訪れる変化の前にそんな努力は無意味なのだろうと、なんとなく分かってはいる。これから何十年も生きてゆくのだと心に決めて、もっと先のことを考えて暮らさなければ、生活は破綻する。でもあと何十年って、長すぎる。もう十分やったよ。と思うのは流石に甘すぎるか。

 

―――

  みんな支度ができた。彼らは老婆に近づき、彼女を抱擁しておやすみなさいをいった。彼女にはもうわかっていた。そしてぎゅっと数珠をにぎっていた。だがこうした仕種は、信仰の厚さであるのとおなじくらい、絶望のしるしであるようにもみえた。みんなは彼女を抱擁してしまった。残ったのは青年だけだった。かれは情をこめて彼女の手を握り、すぐ戻りかけようとした。だが相手は、自分に同情を示した男が立ち去ろうとするのを眺めていた。彼女は、一人にはなりたくなかった。すでに彼女は、孤独の恐怖や、いつまでも続く不眠や、気が滅入りそうな神との差し向いを感じていた。彼女は怖れていた。もはや人間にしか憩いは求められなかった。そして、自分に同情を示してくれたただ一人のひとにすがりつき、かれの手を離そうとしなかった。かれの手を握りしめ、不器用にお礼をくりかえし、こうした執着を自然に見せかけようとした。青年は当惑していた。ほかの連中がまた戻ってきて、かれに急ぐようにとせきたてた。映画は九時にはじまる。けれども窓口で待たないようにするには、もう少し早目に着いたほうがよかったのだ。

カミュ「裏と表」、『カミュ全集1』)

―――

 最近はあまり更新してないのに、たまに見に来てくれる人がいるみたい。ありがとう。